参考:「グラント元大統領と琉球所属問題 日本は先島諸島を清へ割譲すると決定していた」

 

  ユリシーズ・S・グラント将軍は南北戦争の英雄であり、米国大統領を1869年から1877年までの2期務めた人物である。大統領時代には、明治5(1872)年1月ワシントンを訪れた、日本からの特命全権大使・岩倉具視に率いられた視察団を大歓迎している。2期で退任後世界周遊の旅に出発した。

 

  グラントは清国滞在時に、琉球所属問題での仲介を依頼され、清国側の意見を聞き、その後来日した。日本は国賓として迎えた。グラントは日本政府へ、清側は先般の日本の台湾出兵に鑑み、日本は琉球を領有し、再度台湾を占領して太平洋に出る道を閉鎖しようとしているとの清の危惧を伝えた。自分の理解では、琉球諸島を分割し太平洋に出る道を開いてやる事が解決に繋がるだろうとして、1879年(明治12年)7月(沖縄県設置の3ヵ月後)、日本国政府へ「琉球を三分して、奄美を日本に、沖縄諸島を独立国に、先島を清国に」という提案をした。ちなみに先島とは宮古諸島と八重山諸島のことである。日本政府はこの案を真剣に検討し外交交渉にのせるが、更なる条件をつけることにした。その条件とは1871年に締結されている「日清修好条規」への最恵国待遇条約の追加を認めるなら、沖縄本島は日本領とするが、先島諸島を割譲するというものであった(分島・増約案)。

 

  清国側も一度は応じたが、李鴻章の反対によって妥結にはいたらず、琉球帰属問題は棚上げ状態になった。日本は沖縄県先島をより大きな国益と交換しようとしたのである。この琉球帰属問題は日清戦争(1894年・明治27年)を経た後の下関条約により、清国は台湾および琉球(先島諸島を含む)は日本の領土であることを認めたのである。

 

                                                                                                                           以   上